ぱっとみ映画感想ブログ

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透明人間(1933)

 

 

 

 

 

映画『透明人間』のデータ

題名 透明人間(The Invisible Man)
監督 ジェイムズ・ホエール
原作 H・G・ウェルズ 「透明人間」 1897年
出演 クロード・レインズ、グロリア・スチュアート
上映時間 70分
制作年 1933年
制作会社 ユニバーサル・ピクチャーズ
制作国 アメリカ

 

 

映画『透明人間』のあらすじ

ある田舎に、顔を包帯と黒眼鏡で隠し、コートの襟を顎まで上げた男が現れ、村の宿に宿泊する。宿屋の女将が何かと世話をやくが、男は迷惑がって一人になりたがる。

男は気難しい上に、よく分からない実験装置を沢山持ち込み部屋がめちゃくちゃになっていくし、家賃も払わなくなっていく。女将は男を追い出そうと警官と共に押しかける。すると男が衣服を脱ぎ包帯を取るが、そこには何もない。男は透明人間だったのだ。

男はジャック・グリフィンという名で、ある実験中に偶然身体が透明になる薬を発見、自分に投与した科学者だった。透明になったグリフィンは万能感を感じ、世界を征服しようと企む。

 

 

映画『透明人間』の感想

H・G・ウェルズ原作の『透明人間』の映画化。人体を透明にする薬品の開発に成功した科学者が、それを自らに投与し透明になり、凶暴化して世界征服を企てようとする話。

見ていて、スティーブンソンの『ジキル博士とハイド氏』を思い出した。ウェルズにとってのリスペクト版なのかな。

 

とはいえ『ジキル博士とハイド氏』の方は空想科学の形を借りて人間の本質をえぐる ”文学” だったけれど、映画『透明人間』にそういう深みはまるで無し。「人間とは何か」とかいう哲学に踏み込む気は全然なくて、透明人間を映像的に表現する特撮部分に焦点を合わせた娯楽作にすぎず、わりと表面的な作品にとどまってしまっていた。

 

感情面でも、グリフィンがあまりにも傲慢すぎて感情移入できなかった。

世界征服って言われてもなあ。スケールの大きなことを言う割に、やっていることはチンケな犯罪ばかり。ごく普通の人々に多大な迷惑をかけて不愉快にし、自分の思い通りにならないとみるやキレて殺してしまうという程度で志が低い。悪の美学がない。傲慢から凶暴、暴君と化して、必要もない殺人を次々として高笑い。しまいには意味不明に列車を脱線させて崖から落とし、100人の命を奪っていた。

世界征服ができる器じゃない。それに透明になった程度で世界征服が出来ると思うのは浅はかでは。見ていてかなり不愉快だった。

 

そういえば、ウェルズとは全く関係がないらしいが、ポール・バーホーベン監督、ケビン・ベーコン主演の『インビジブル(2000)』も、透明になることで自分の欲望を抑えられなくなる系の、人間性悪説な感じだった。

透明になる、要するに自分が誰だか他人に分からない状態は、人を邪悪に変えるらしい。SNSにおける匿名アカウントでの誹謗中傷なんかも一種の透明人間。あれも恥知らずな、邪悪な行為だと思う。

 

ちなみに原作のグリフィンは世界征服なぞ考えておらず、ただただ実に個人的な科学者としての野心を満たそうとして実験を行ったところ、浅はかにも先々のことを予測する想像力が欠落していたために様々な災難に見舞われて後悔し、なんとか元の体に戻ろうとあがくが、上手くいかなくてどんどん自分勝手になっていく、という、映画と比べるとかなりスケールダウンしたお方。世界征服なんて微塵も考えていない。

要はかなり牧歌的で完全に子供向け空想科学小説といった趣き。小説としてのボリュームも、短編小説と考えても少なめだった。

ただし、私が読んだ版は翻訳が海野十三だったから、そのせいかもしれない。

 

覚書として、主人公の ”透明人間” グリフィンを演じたのは、『オペラの怪人(1943)』でパパ・ファントムを演じていたクロード・レインズ。

とはいえ今作では終始包帯ぐるぐるで顔が見えないし、包帯を解けば「透明」という役柄だから、どこがクロード・レインズなのかさっぱり分からない。

私はクロード・レインズは今作と『オペラの怪人(1943)』しか見ていないから、「レインズ、なんかいっつも顔隠してるなあ」って思ったけど、彼はオスカーに4度もノミネートされる一流俳優なので私のチョイスが問題なのだった。

 

そして出てるだけでなんにもしてないヒロイン、フローラ役のグロリア・スチュアートは、あの『タイタニック(1997)』で101歳のローズをやった女優さんとの事。

65年くらい間があるから・・・・こっちはこっちで、ローズ・・・かどうかは、やっぱり全然わからなかった。

 

 

(字幕版)透明人間

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