ぱっとみ映画感想ブログ

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ニューオーリンズ(1947)

 

 

 

 

 

映画『ニューオーリンズ』のデータ

題名 ニューオーリンズ(New Orleans)
監督 アーサー・ルービン
出演 アルチューロ・デ・コルドヴァ、ドロシー・パトリック、ルイ・アームストロング、ビリー・ホリデイ、ウディ・ハーマン
上映時間 90分
制作年 1947年
制作国 アメリカ

 

 

映画『ニューオーリンズ』のあらすじ

1917年のニューオーリンズ、ベイスン通り。”ベイスン通りの王” とあだ名されるギャンブラーのデュケインは、夜な夜な黒人ミュージシャン、サッチモらの音楽を楽しんでいた。

そんなベイスン通りに富豪の娘メラリーが移住してくる。メラリーとデュケインは波止場で偶然知り合う。

オペラ歌手のメラリーは、すぐに地元の黒人音楽のとりこになり、親に内緒でサッチモの音楽を聴きにいく。そこでメラリーはデュケインと再会。またそこにはメラリーの公演で伴奏する予定の著名な白人音楽家ファーバーの姿もあった。

黒人たちのラグタイムを聴いたメラリーは「この素晴らしい音楽が世界に広まればいいのに」と願う。しかしデュケインは「壁があるからそんなに簡単ではない」と諭す。

まったく違う世界に属するメラリーとデュケインはお互い惹かれあうが、メラリーの母親はそれを許さず、財力を使ってデュケインを町から追い出そうとする。そしてその煽りをくらった繁華街の黒人たちが、街を追い出される羽目になる。

メラリーに愛されていることを知り、街を出ていく黒人たちの姿を見たデュケインは、メラリーから身を引く代わりに母親から手切れ金をもらい、自分も街を出ようとする。

一方、デュケインと共に街を出る覚悟のメラリーは、自分のリサイタルのアンコールで、ファーバーのピアノ伴奏に合わせて黒人たちの音楽ラグタイムを歌う。騒然とする白人客たちは、歌の途中で席を立つ。それでも最後まで歌いきるメラリーの姿を見て、デュケインは気が変わり、母親から巻き上げた宝石を返し、一人で街を出る。捨てられたメラリーは絶望する。ラグタイムを弾いたファーバーは音楽協会から破門される。

デュケインはシカゴでサッチモらと共に再起を図ろうとする。屈託なく黒人音楽を受け入れる白人の若者たちの姿を見たデュケインは、賭博などに頼らなくても店を経営できると思いつく。そして賭博から足を洗い、ジャズの普及に人生をささげる。

 

 

映画『ニューオーリンズ』の感想

ジャズ黎明期のニューオーリンズを舞台に、ジャズの普及に情熱を傾ける白人男性デュケインと若きオペラ歌手メラリーの恋模様を追いつつ、ジャズを生み出しジャズを愛する黒人ミュージシャンの姿、人種や世代の壁を乗り越えていく音楽の力を描き出す、音楽への愛が溢れる傑作。

クラシック音楽へのカウンター・カルチャーとなったジャズだけど、そのクラシック音楽を貶めるようなこともない。登場人物たちはみな音楽そのものを愛していて、とても気持ちの良い作品だった。

 

硬く考えれば「精神のやわらかい若者vs頭の固い老人」といった、良くある「新旧価値観対決」に加えて「白人vs黒人」というかなり重いテーマも土台にある。

でも、二人の恋模様をなぞって気楽に見ているだけで時代の変化を自然に感じられる優しい構成になっている。

 

まずヒロインのメラリーを演じたドロシー・パトリックがとても良かった。真っ直ぐでチャーミングなキャラクターで、人種や音楽の壁を清々しく軽々と超えていく。

そしてルイ・アームストロングや彼の楽団のミュージシャンたち、ビリー・ホリデイ、ウディ・ハーマンといったジャズ界の大御所たちが本人役で登場して、ふんだんにジャズを演奏してくれる(ビリーは歌う)。

ジャズ・ファンなら尚のこと必見の、明るく楽しい気分になれる作品だと思う。

 

おもしろいなと思ったのは、ルイ・アームストロングなど本物のジャズ界の大御所たちはかなり受け身の存在で、自分からジャズの普及のために白人社会に挑むとか、そういう感じにはならない。

彼らはストーリーとほぼ関係なく存在していて、ただ「ジャズを演奏しているだけ」「空気を吸うようにジャズをしているだけ」なのだ。

彼らだけでなく他の黒人たちも同じで、差別に合い、町の通りを閉鎖され、町から出ていく羽目になってもそれは変わらない。彼らは「ただ歌うだけ」。怒りに震えるわけでもなく、ひどく嘆き悲しむわけでもなく、ただただ「歌う」。歌で悲しみを表現し、歌いながら町を行進する。

この「さらっとした淡白さ」はとても感動的で、興味深くて、私はこの描き方は好きだった。

 

他にも、ルイ・アームストロングがコルネットを吹き鳴らし、それを譜面にしていた白人クラシック専門家のヘンリー・ファーバーが、

「やめろ!その音は音階にないぞ。デタラメだ。フラットとナチュラルの間の音を出した。新しい音階でも作ってるのか?」

と言うところも、「あ、そうか西洋音楽は五線紙に縛られているのか」と気づかされたのが発見だった。

 

しかしやはり思うのは、大人たちが眉をひそめて禁止したり邪魔をするほど影響力のある音楽がいまあるんだろうか。今や弾圧(禁止)なんか誰もしない。

でも、過去はそうじゃなかった。禁止されるということは、旧世代を脅かすくらいのエネルギーが音楽にあったということだ。

別に弾圧して欲しいわけじゃあないけれど、最近は私達に「生き方を変える」くらいの衝撃を与えてくれる出来事が、ITとかAIとか技術革新の方ばかりで、音楽とか映画などの文化面の影響力が低くなっているような気がして、この映画を見ながらなんだか少し寂しくなった。

 

 

(字幕版)ニューオリンズ

(字幕版)ニューオリンズ

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