映画『アラバマ物語(1962)』のデータ
題名 アラバマ物語 (To Kill a Mockingbird)
監督 ロバート・マリガン
原作 ハーパー・リー 「アラバマ物語」 1960年
出演 グレゴリー・ペック、メアリー・バダム、ロバート・デュバル
上映時間 129分
制作年 1962年
制作国 アメリカ
アカデミー賞受賞 脚色賞、主演男優賞(グレゴリー・ペック)、美術賞
アカデミー賞ノミネート 助演女優(メアリー・バダム)
映画『アラバマ物語(1962)』のあらすじ
1932年、世界大恐慌真っただ中の、黒人差別の嵐が吹き荒れていたアメリカ南部が舞台。白人女性がレイプされ、黒人トムが容疑者となる。弁護士のアティカスはトムの弁護を引き受けるが、町の白人男性たちが徒党を組んで黒人トムの自宅を襲おうとするなど軋轢が生じる。
裁判でトムは全面的に無罪を主張するが、被害者側はトムを犯人であると断言。被害者側の証言は矛盾だらけだったが、アティカスの最終弁論は陪審員の心に届かず、トムの有罪が確定する。アティカスはトムに「希望を失わないよう」諭すが、トムは護送車から逃亡し射殺される。
映画『アラバマ物語(1962)』の感想
すばらしい映画だった。重いテーマだけれど、アティカスの子供であるスカウトとジェムの目線で物語が語られていくのでスムーズに世界に入り込める。構成がうまい。
映画を貫く暴力的な雰囲気に反して、実際には暴力シーンはとても少ない。なんなら喧嘩っ早いスカウトが一番暴力的だったくらい。
この、女の子でありながら喧嘩っ早いスカウトの魅力、アティカスや子供たちと黒人家政婦キャルの関係、近所に住む謎の男ブーの存在などが絶妙に溶け合って、テーマの重さを意識することなく映画を楽しめる。
このスカウトを演じた10歳の女の子メアリー・バダムがアカデミー助演女優賞にノミネートされているけれど、このノミネートは妥当。当時史上最年少ノミネートだった。
アティカスに思うこと
それにしてもアティカスはたいへん立派な人物だと思う。
ジェムやスカウトが町の黒人たちと自然と対等に接しているのはアティカスの教育のたまものだし、黒人家政婦キャルと子供たちの愛情深い関係も、彼女と対等に接するアティカスの人間性がなせる業。
インテリで、理想や正義の炎は内面に静かに燃やし、暴力を嫌い、子供たちの欠点も優しく厳しく戒める慎重な良識派。しかも自分の能力をひけらかすこともない。
なんて立派なんだろう。グレゴリー・ペックだから当然イケメンだし、非の打ちどころがないじゃないか。
でも私には、その聖人君主ぶりがちょっと引っ掛かる。
最大に引っ掛かるのが裁判での最終弁論のシーンで、容疑者トムを弁護するアティカスが言うセリフ。
引用:アティカス最終弁論より
「彼女の行動を動機付けた要因を私は罪と言った。彼女は犯罪を犯してはいない。世間にある戒律を破ったに過ぎないのだ。これを破った者は社会から疎まれ追い出される。彼女にはその証拠を消す必要があった。
その証拠とは何であるか・・・トムという人間である。彼女にはトムを消し去る必要があった。トムが生きている限り過去を思い出してしまう。
過去とは何か? 白人であるのに黒人を誘惑した。この社会では口にもできぬ汚れた行為。黒人との接吻。しかも老人でなく強く若い黒人男性だ。気にも留めなかった戒律が彼女を苦しめ始めた。」
彼女は犯罪者ではないが、人としての罪がある。そしてその罪とは、黒人を誘惑しキスしたことにあると言っているのだ。しかも「口にもできぬ汚れた行為」とまで言っている、すさまじいまでの言いぶり。
表面は善人ぶって人格者ぶっているけれど、めちゃくちゃ差別的じゃないか。「こいつ何言い出してんの?」って思っちゃった。
でもアティカスは自分が差別的であると自覚していないと思う。自覚しているようには描かれていないと思う。まさか自分が差別的だなんて、夢にも思っていないのではないかしら。
私の感覚では、アティカスのような無自覚で自己欺瞞に満ちた奇麗ぶった偽善者よりも、「何が悪い!差別するにも理由がある!俺はあいつらが嫌いなんだ!!」って全力で叫んでしまうような、自覚した差別主義者の方が好きだ。本音で闘えると思う。
そんな私だから、この作品が「反差別主義の名作」みたいに扱われて、アティカスが一種の理想のアメリカ人みたいに扱われていることが、なにやらモヤモヤして納得できないのだった。
(ついでにもうひとつ、引用したセリフの後半、「黒人との接吻。しかも老人でなく強く若い黒人男性だ」というのはなんだろう。私には意味がさっぱり分からない。老人ならいいのか?)
ブーのこと
ところで話は一転してブーのことだけど、彼は今でいうところの自閉症系のひきこもりなのだと思う。そしてショタっぽいところもありそうだし、結構ヤバいヤツなんじゃないの。
あの木の幹におもちゃを入れていたのはブーだろうし、ブーがおもちゃをあげたい相手は女の子のスカウトではなく、どっちかというと男の子のジェムの方なんじゃないかと思う。
実際、最後二人が襲われた時、二人を救ったブーは、いかに怪我をしていたとはいえジェムを抱えて一目散に駆けていって、スカウトの事なんて一瞥もしない。
映画は、ブーは「実はいい人」みたいな、「障害を持つ者の方が心が奇麗だよね」って感じの心温まるいいエピソード、いい思い出、みたいな終わりかたをしていたけどホントかな。
私にはブーが一番やばいヤツで、アメリカの田舎の狂気を秘めているように感じられて、「ああこわい」と思ったのだった(演じたのはロバート・デュバル)。