
映画『サボタージュ(1936)』のデータ
題名 サボタージュ(Sabotage)
監督 アルフレッド・ヒッチコック
原作 ジョゼフ・コンラッド「密偵」1907年
出演 シルヴィア・シドニー、オスカー・ホモルカ、ジョン・ローダー
上映時間 76分
制作年 1936年
制作国 イギリス
映画『サボタージュ(1936)』のあらすじ
ある日のロンドン。市内で大規模停電が起こり市民が混乱するが、実は海外テロ組織によるサボタージュだった。映画館経営者のヴァーロックは、表向きは穏健に暮らしているが、実はテロ組織の一員であり、破壊工作に携わっていた。
ヴァーロックには若い妻シルヴィアがいるが、シルヴィアは夫の行動を不審がりながらも、真相は何も知らない。一方、映画館のすぐ隣にある果物屋には、店員を装った刑事テッドが張り込み、ヴァーロックの様子をうかがっていた。
停電の次に、テロ組織は市内で爆弾を爆発させる計画を練っていた。その実行犯はヴァーロックだったが、刑事テッドの邪魔が入り、仕方なく妻シルヴィアの弟スティービーに爆弾を運ばせる。何も知らないスティービーは、渋滞や寄り道などで手間取ってしまい、爆弾は予定外にバスの中で爆発してしまう。
大切な弟を失ったショックと、その事件にヴァーロックがかかわっていた事実を知ったシルヴィアは、思わず夫を刺し殺す。
刑事テッドに自首するシルヴィアだが、テッドはシルヴィアを庇い、救おうとする。
とそこへ証拠隠滅を図ろうと、テロ組織の仲間がヴァーロックの映画館へ現れ、ヴァーロックの遺体共々爆死する。
炎に包まれる映画館と共にヴァーロックの遺体も焼け、すべてはうやむやとなり、解放されたシルヴィアはテッドと共に現場を後にする。
映画『サボタージュ(1936)』の予告編
映画『サボタージュ(1936)』の感想
「sabotage:大衆や企業に不安や警告を与えるため、意志を持ち、建物や機械を破壊する行為」 映画冒頭より
日本で使われるサボタージュという言葉は、「仕事や職場に不満を持つ労働者が、会社に不利益を与えるために仕事を怠ること」のような意味合いで使われていて、いわゆる「サボる」はこれの略語なわけだけれど、
この映画では本来の意味である、もっと過激に一歩進んだ「破壊行動」「妨害行為」として描かれる。
映画でサボタージュしているのは、当然映画館主のヴァーロックらテロリスト一味で、彼らは実際に社会に対してサボタージュしているけれど、ヴァーロックの妻は夫の正体を知って全く心が離れてしまい、夫をサボタージュしてしまうという話(だと思う)。
妻がなぜ夫をサボタージュしてしまったのかと言うと、可愛がっているまだ子供の弟に、夫が爆弾を持たせてテロの使い走りにした挙句、爆発して弟が死んだと知ると
「俺は悪くない。本当は自分で運ぼうと思っていたのにお前が玄関で刑事と喋ってたのがいけないんだ。だから弟が死んだのはその刑事のせいだ」と妻と刑事のせいにし、
さらにその口で「そんな済んだことより、未来に向かって生きよう。二人で子供を作ってもいい」と発言。
それを聞いた妻は興が覚めるというか、すべてに白けるというか、なんだそれというか、様子がガラッと変わる。
そしてここからの演出がとても良かった。
呆然とする妻は上映中のアニメーションを見る。そのアニメでは鳥がギターを抱えて歌を歌っている。すると別の鳥が弓で矢を放ち、その矢が歌う鳥の胸に刺さって死んでしまう。そのアニメを見る妻のアップ。
そして妻は台所へ行き、夫の為に料理を取り分け始める。夫は妻の機嫌が良くなったのだと勘違いして、いつものように家政婦の悪口を言う。妻はナイフとフォークを持って肉やじゃがいもを取り分けている。
その手が震えて、妻はナイフを手から離し、スプーンを使って取り分け始める。しかしやはりナイフを手に・・・しようとするが出来ず、左薬指の結婚指輪を外すような外さないような、外したいような、そんな仕草を見せる。
そのためらう妻の手を、夫はじっと見つめて何かに気が付く。夫は妻のそばに寄り、妻が取ろうか取るまいか迷っていたそのナイフを手にしようとする。とっさに夫よりも早くナイフを手にする妻。驚いた夫が妻の肩に手をかけようとした途端、妻はナイフを夫の胸に突き刺す。
この一連の演出は素晴らしかった。妻の心理が伝わってくる。
ただ、良く分からないところもあるし、気に入らないところもある。
たとえば、登場人物たちのバックボーンが、全くと言っていいほど描かれていないこととか。
まず、夫のヴァーロック。彼がなぜテロリズムに加担しているのかが全くわからない。アメリカからロンドンに来た理由を、妻が「景気が悪くて」とかなんとか言っていて、ヴァーロック本人も金が欲しそうなことを言っていたが、それだけで「なーるほど、それでテロをねえ」とは思えない。
妻と夫は年の差がありそうで、娘と言っても通りそうなくらい妻は若い(弟は子供だし)。その不釣り合いさも、なにか訳ありな感じがするが、妻も別に不満を抱いているわけでもなさそうだし、深く掘り下げられることもない。
一番解せないのは刑事のテッド。
ヴァーロックの妻が夫を殺害したと知った途端、「仕事も何もかも全てを投げうって、一緒に国外へ逃げよう」とか言い出したのには驚いた。
テッドはヴァーロックの妻を気に入っていたのかもしれないけれど、そこまで真剣に想ってたとはね。そんな演出でしたかねえ。
それにも増して、刑事という職業にも関わらずの発言ですよ。夫を殺した女なんですよ。
職業倫理とか、人としての倫理観とか正義感とか、そういうのが微塵もない。もの凄く軽い。
妻に対する気持ちも、職業に対する忠実さも、正義感も倫理観も、何もかもが軽い男。
おまけにラストでは、ヴァーロックの妻の矛盾ある告白を聞いた警察所長は、「なんかへんだな、、、矛盾してる気がする、、、」と気が付くが、「まいっか」みたいにさらっとしてしまい、映画自体が急に軽くなる。
前半は「テロ」「爆弾」「爆破」「ヴァーロックの険しい表情」「少年が巻き添え」など、かなり重たい展開と演出なのに、ラストで急に何もかもが軽くなってしまって、テッドと妻が肩を寄せ合って去っていく後ろ姿を見た私は「ああよかったね、ふたりで幸せにね」なんて、まったく思えなかった。
ヒッチコックにとっては、前半の重さなんてどうでもよかったんだろうか。わけわからん。
もう一個文句がある。
映画とは関係ないけれど、私は自分が持っているDVDのパッケージにあるあらすじに文句が言いたい。
それによれば
「破壊活動に手を染める映画館主カールは妻の弟に爆弾を運ばせるが、途中で爆発して弟は死んでしまう。弟を殺された妻は復讐に燃え、夫を殺す完全犯罪をもくろむ」
と書いてあったけど、私はそういう感じの作品ではなかったと思う。
そもそも映画の3分の2くらいまでいかないと弟は死なない。妻がそれと知るのが4分の3くらい。だから私は「へええ、こんなに後半になってから妻は完全犯罪をくわだてるのかあ。するとこれからラストに向けて怒涛の展開になるのか。楽しみ」と思って見ていたが、全然そうならないじゃん。
妻は完全犯罪をもくろんでいたのか。いーや、もくろんでいなかった。
妻は復讐が頭をよぎったかもしれないが「復讐に燃えて」なんていなかったし、「完全犯罪」なんて全然もくろんでいなかった。
計画性はなく、思わず刺してしまったんだし、ちゃんと自首しようとしていたのに、それを刑事のテッドが押しとどめたわけで、「復讐に燃える妻」でもなんでもない。
これはいけませんな。
「復讐に燃える妻」とか「完全犯罪をもくろむ」とか、こういうあおり方、よろしくないのではないかなあ。
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