
映画『ガス燈(1940)』のデータ
題名 ガス燈(Gaslight)
監督 ソロルド・ディキンソン
出演 アントン・ウォルブルック、ダイアナ・ウィンヤード、フランク・ペッティンゲル
上映時間 84分
制作年 1940年
制作国 イギリス
映画『ガス燈(1940)』のあらすじ
ロンドンのある屋敷で老女が殺される。犯人は家中を荒らしまくった挙句、老女が身に着けていたブローチを持ち去る。
20年後。その屋敷にポール・マレンとベラの若夫婦が住み始める。2階は使わず1階だけで生活し、使用人も二人だけという生活を送っていた。
夫婦仲は良好とは言えず、どうやら妻のベラは物忘れや盗癖があり、しかもそれを覚えていないことから、マレンはベラの精神状態を疑い、ベラが他人と交わるのを阻止していた。
実際ベラの周りでは、絵画が勝手に移動したり、マレンが贈ったブローチが紛失したり、不思議なことが立て続けに起こる。どれもベラに心当たりはないが、夫のマレンに「お前は精神を病んでいるのだ」といつも叱られ罵られ、ベラは徐々に自信を失っていく。
おまけに夜になると、誰もいないはずの2階で物音がしたり、ガス燈の灯が暗くなったりと、不思議な現象も続き、ベラはこれも自分の幻聴や幻覚かとますます自分を疑い始める。
しかしこれらの出来事はすべて、夫マレンが仕組んだ罠だった。
やがて近所に住む元刑事のラフが、20年前に起きた事件の関係者にマレンがそっくりであることに気づき、二人の周りを調査し始める。
映画『ガス燈(1940)』の一場面
映画『ガス燈(1940)』の感想
イングリッド・バーグマン主演の傑作『ガス燈(1944)』が、本作のリメイクだったことを知って視聴。
物語は、ある老女が持つ宝石に固執する夫が、それを手に入れるために妻を事あるごとに異常者扱いして精神的に追い詰め、屋敷から追い出そうとする。やがては妻も本当に自分がおかしいのではないかと自分を疑い始める、という話。
心理的虐待の手法のひとつを表す心理学用語「ガスライティング」の語源となった映画。
どちらも話はほぼ同じと言っていいけれど、設定の違いが結構目立っていた。
① まず、映画冒頭で殺される老女と主人公たちの関係が違う。バーグマン版では妻が老女(バーグマン版では叔母)の姪という設定だけれど、今作では夫が老女の甥という設定だった。
② バーグマン版では老女殺しから結婚までの経緯がしっかりと描かれていたのに、今作では殺しの部分しか描かれず、結婚の経緯が全く語られない。
③ 夫の印象が大分違う。バーグマン版で夫を演じたシャルル・ボワイエは、優しく甘くささやいていたかと思うと一転、急に冷たい目つきで妻を突き放すという二面性があり、演技の緩急が凄かった。でも今作の夫役アントン・ウォルブルックはずっとイライラして、演技の幅としては平坦だった。
④ 刑事のキャラクターが全く違う。バーグマン版で刑事を演じたのは若くてハンサムなジョゼフ・コットン。今作の刑事は定年退職した元刑事なので、もう60過ぎの熟年男だった。
①と②の違いからは、結婚までの経緯がきちんと描かれていたバーグマン版の方が、ヒロインである妻に感情移入がしやすい。
③は、これはもうシャルル・ボワイエに軍配を上げる。彼の個性が存分に発揮できていたし、妻を精神的に虐待して本当の基地外に仕立て上げようという目的を考えれば、シャルル・ボワイエの解釈が正解だと思う。
④は、退職した刑事が、昔の事件を思い出して捜査に乗り出してくる今作の方が、より自然だったと思う。バーグマン版の方は、若くてハンサムな刑事が子供の頃、殺された女性(オペラ歌手という設定)の大ファンだったというリアリティに欠ける設定だった。
とはいえ、バーグマン版の方が明るくて、救いのある印象になっているのは、この刑事の設定変更のおかげ。
バーグマン版では刑事役がジョゼフ・コットンなので、出てきた瞬間から「恋の予感」を感じさせて、陰鬱になりがちなテーマに救いを与えている。
言い換えれば、今作の方がリアリティがある。
私は今作を見ていて「現代にも通じる、とんでもないDV夫だな」と、現実に引き付けた感想を持ったけれど、バーグマン版はロマンティック要素が強めで、娯楽作の要素も強めなので、あくまでも「スクリーンの中の出来事」として見た。
この辺が、イギリス人とアメリカ人の違いなのかもしれない。
ちなみに今作の夫マレンを演じたアントン・ウォルブルックは、あの大傑作『赤い靴(1948)』でバレエ団の団長レルモントフを演じている。
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