ぱっとみ映画感想ブログ

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拾った女(1953)

 

 

題名 拾った女 (Pickup on South Street)
監督・脚本 サミュエル・フラー
出演 リチャード・ウィドマーク、ジーン・ピーターズ、セルマ・リッター
上映時間 80分
制作年 1953年
制作国 アメリカ

アカデミー賞ノミネート 助演女優賞 (セルマ・リッター)

 

 

共産主義者のスパイを恋人に持つ女が、機密情報を記録したフィルムを財布に入れて運んでいると、スリに財布を掏られてしまう。女をマークしていた警察がスリの男を捕らえようとするが、男は何枚も上手だった。フィルムを取り戻すよう命じられた女が男に近づくが、女は男に惚れてしまう。

 

 

邦題が気に入って見てみただけの軽い気持ちだったけど、思いがけず傑作だった。面白かったし、素晴らしかった。これは掘り出し物。

スリに恋した女、情報屋のばあさん、スリの男、そして彼らを追う警察たち。その誰もがえらく魅力的で、外す俳優がひとりもいない。

マイクロ・フィルムをめぐる丁々発止の駆け引きのスリルに、スリの男と彼に恋した女の間に芽生える愛情が絡み、さらには立派な墓を立てるためにがめつくお金をためている情報屋の婆さんが潤滑油になって、人間味あふれる傑作になっていた。

 

スリのスキップをやったリチャード・ウィドマークが良かった。

別にどうってことない顔つきだし、最初はニヤけた世の中を舐めた感じで出てくるけど、何気にピュアで後半に向けてぐんぐん人間味が増していく。

キャンディに対しての、恋なのか愛なのか父性なのか分からないけど、「こいつを守るぞ」みたいな決意を、セリフではなく演技と佇まいで見せてくれる。ラスト近くで、顔をアザだらけにしたキャンディが、殴られた理由を言った時のスキップの表情がいい。これといって何か演技をするわけでもないのに、「あ、決意したんだな、決めたんだな」とちゃんと伝わってくる。心に残るシーン。

 

スキップにホレるキャンディ役のジーン・ピーターズも同じように、出てきたときはどうってことないなと思って見ていると、やっぱりどんどん情が湧いてきて途中から可愛く見えてくる。

自分がスパイの片棒を担がされているとは知らないまでも、大人なんだから、何か悪い事に荷担しているなという自覚はあったろうし、ガムをくちゃくちゃ噛んだりして蓮っ葉な感じ。

それがどんどんスキップに肩入れしていくに従って、なんか、、、いい子なんだよね。

 

二人とも、一人で生き抜いている時は自分でも分からなかった自分の純粋さに、お互いが出会うことで化学反応が起きて、思いがけずピュアさが発動しちゃったんだと思う。

自分で自分にびっくり、みたいな。あ、自分ってこんな一面があったんだ、今まで気づかなかった、みたいな感じなのだろうと思う。

 

 

私、二人が好きになったから、映画は犯罪映画だし、ラストに向けてどう展開するか分からないから、「どうかハッピエーンドになって!お願いします!」という気持ちになった。幸せになってほしいって、割と本気で思ったね。

そんなに映画で泣く方じゃないけど、最後の方はグッとくるものがあった。泣くような映画じゃ、ないんだけど。

 

 

そしてもう一人、情報屋モーを演じたのは名女優セルマ・リッター。

一人で逞しく生きている婆さんで、普段はネクタイを押し売りしながら、スリ達の情報を警察に売って生きている。彼女は無縁仏にだけはなりたくなくて、ちゃんとした立派なお墓を立てるためにがめつくお金を稼いで貯めている。そしてそのお金は丸めて輪ゴムで留めて、ポッケに入れて持ち歩いてる。

警察とも丁々発止でやりあって、スリ達の情報を警察に売り飛ばしてる割には、彼らとなんだかんだいい関係っぽいし、なんか憎めなくていい味。彼女の得意な役どころかな。

 

サミュエル・フラーの作品は、「あれれ」なこともあるけれど、これは傑作だった。演技も演出も、愛も、最後の会心も、すべてがわざとらしくなくてさり気ない。

終わり方も、こうあってほしい終わり方になっていて大満足。思わず拍手。

 

 

拾った女(字幕版)

拾った女(字幕版)

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